徳川光圀の霊界通信「天皇は神理の光」

10年位前に在った霊界通信をまとめました。
離婚して水戸市に引っ越してきたばかりの頃に在りました。
今読み返すと、茨城に何かの縁が在ったのも知れないと感じます。

  明治天皇
画像は明治天皇尊像



この色の字は光圀霊の言葉です。

★★★★★

道に迷うときは、もときた場所に引き返すとよいと言う。
我々皇道家の直接的な出発点は、水戸学であろう。
水戸学は明治維新の指導原理であった。

(光圀霊の指示で、渋沢氏について調べました。
 徳川家最後の将軍慶喜公の逸話としてこのような話があります。
 渋沢栄一が明治三十四年の頃、大磯からの帰りの汽車で
 伊藤博文公爵と一緒になった時に、慶喜公が大政奉還をされた時の気持ちを
 聞かされたままを記した話です)

「公爵余に語りて、「足下は常によく慶喜公を称讃せるが、余は心に、
 さはいへど、大名中の鏘々たる者くらゐならんとのみ思ひ居たるに、
 今にして始めて其非几なるを知れり」といひき。伊藤公は容易に人に許さざる者なるに、
 今此言ありければ、「そは何故ぞ」と推して問へるに、
 「一昨夜有栖川宮にて、西班牙国の王族を饗応せられ、慶喜公も余も其相客に招かれたるが、
 客散じて後、余は公に向ひて、維新の初に公が尊王の大義を重んぜられしは、
 如何なる動機に出で給ひしかと問ひ試みたり、公は迷惑さうに答へけらく、
 そは改まりての御尋ながら、余は何の見聞きたる事も候はず、唯庭訓を守りしに過ぎず、
 御承知の如く、水戸は義公以来尊王の大義に心を留めたれば、父なる人も同様の志にて、
 常々論さるるやう、我等は三家・三卿の一として、公儀を輔翼すべきは
 いふにも及ばざる事ながら、此後朝廷と本家との間に何事の起りて、
 弓矢に及ぶやうの儀あらんも計り難し、斯かる際に、我等にありては、
 如何なる仕儀に至らんとも、朝廷に対し奉りて弓引くことあるべくもあらず、
 こは義公以来の遺訓なれば、ゆめゆめ忘るること勿れ、
 萬一の為に諭し置くなりと教へられき、されど幼少の中には深き分別もなかりしが、
 齢二十に及びし時、小石川の邸に罷出でしに、父は容を改めて、
 今や時勢は変化常なし、此末如何に成り行くらん心ともなし、
 御身は丁年にも達したれば、よくよく父祖の遺訓を忘るべからずといはれき、
 此言常に心に銘したれば、唯それに従ひたるのみなりと申されき、
 如何に奥ゆかしき答ならずや、公は果して常人にあらざりけり」といへり。
 (徳川慶喜公伝四(逸事)」

要約すると、
我々は三家(水戸藩・尾張藩・紀伊藩)・三卿(田安家・一橋家・清水家)であるから
全力を挙げて幕府(将軍)を助ける立場であるが、
もしも朝廷と将軍家とが対立するような事になった場合には、
日本の国のご主人は天皇であるから、将軍は一族の本家にすぎない、
朝廷に弓を引くことは無い。と言うことを繰り返し親から教えられた。
特に二十のころ念を押された。「唯それに従いたるのみなりき」という事を聞いて
博文は非常にびっくりして渋沢栄一に語った。慶喜公の最後の判断、
大阪退城後の一意恭順が水戸の庭訓であると言うことを、
慶喜公自身が語ったものとして重要な資料です。(「大政奉還と王政復古宮」田正彦より引用)

このような、慶喜公の尊王の精神は、弘道館で学んだ水戸の学問であり、
烈公(斉昭)の教えであるが、徳川家は代々、尊王の精神と朝廷を中心とした
日本の正史を受け継いできた。その原点は徳川光圀が著した「大日本史」です。
この大日本史編纂の事業が明治維新を生み出したと言っても過言ではない。

光圀の「大日本史」編纂の動機は、中国の、司馬遷の史記の伯夷伝に感激した、
と言う説がある。伯夷には弟の淑斉がいたが、父は淑斉に後を継がせようとした。
父の死後、淑斉は弟の自分が兄を越えて後を継ぐのは道に反するとして、
兄の伯夷に譲ろうとしたが、兄は父の意思として是を受けず、
ともに譲り合い、連れ立って家出してしまう。旅の途中、父が死んで間もないのに、
クーデターを起こそうとしている発(武王)に出会う、
二人は「父が死んでまだ葬らないのに自分から戦争を仕掛けるのは孝ではない。
家来でありながら王を殺そうとするのは忠ではない」と、発を止めようとする。
その後クーデターは成功しその國(殷)は滅び、周の天下となったが、
このような道に反した國の食べ物は口にしないといって、餓死してしまう。
首尾一貫、正道を貫いた高潔な兄弟として有名な話であります。

当時の光圀は、自分の身の上と重ね合わせ、伯夷伝に感動する。
光圀も兄を差し置いて水戸藩の後継ぎとなっていたからである。
そして光圀は兄の子を養子にし、次の藩主にする決心をする。
と同時に、史記のような日本史の編纂を思い立った。
つまり、史記のような正しい道を示す書物を世に出すことで、
自分が感動して目覚めさせられたように、
多くの人々にも正しい道を見出して欲しかったのである。

光圀の大日本史編纂の核心は、日本の社会を善く正しく維持する
というところにある。「後世の重宝にも、まかりなるべきか」
という表現をしている。現代の専門家は、水戸学を、
光圀の大日本史編纂の前期と、藤田東湖から明治維新にいたる後期に分け、
主に後期を水戸学と言っている。これは光圀の私見であるけれども、
私は「正道」という根底では前期も後期も根底では同様と考えている。
水戸学に一貫する精神は「まこと」である。

では、我々皇道家は、天皇に対し、如何にあるべきか?
その前に、なぜ共産主義者が皇道を理解できないのか説明しよう。
単純には、日本帝国憲法下の天皇を最大の搾取者と断定しているからであるが、
彼等共産主義者との最も重大な思想上の断絶はマルクスの世界観なのです。
マルクスが生きた19世紀はヨーロッパでは産業革命が起こり、下層労働者は非人間的で
過酷な労働を強いられていました。マルクス自身も暮らしに困り、医者にかかれずに、
三人の子供を亡くしている。人間性が失われた時代であったのです。
マルクスはこのような奴隷同然の生活から労働者を解放しようとしたのです。
社会の底辺で苦しむ人々を助けたい、と言えば愛郷塾の橘孝三郎が思い起こされる。
しかし橘氏は貧困にあえぐ農民を助けるにはマルクス主義には反対し、農本主義をとなえた。
日本の農民は、マルクスの言う労働者とは言えないからです。「日本愛国革新本義」

人間性の喪失した時代、人々は無味乾燥な機械の前に立たされ無限に作業を強いられる。
その状況下では唯物論的史観が生まれても仕方がないかもしれない。
マルクスは、社会は、生産活動と生産関係が土台となって、
文化や宗教、政治があると考えたのです。経済的生産力があっての社会であるとしました。

(旧ソビエトは芸術や学術に非常に力を入れていましたね。
 バレエ等を思い出しますが、あれは共産主義の実証の意味もあったそうです。
 唯物論的芸術だったのです)

社会の規模が大きくなればそれだけ生産活動も大きくなり、
資本家の利益に対する執着も強くなり、ますます労働者も疎外される、
という論理は理解できるが、マルクスの論理の本質的な誤りは、
人間の生を生産者と命名することによって、物質に依存させたことである。
マルクスは共産主義によって人間を解放すると言った。
労働者が団結し、資本家や権力者を取り除けば労働者は本来の生産活動を行えると言う。
しかし、共産主義は資本家の搾取から労働者を解放することによって、
逆に人間としての自然の営みを疎外する。
共産主義は、神をも権力者とみなし「搾取されている」と断じる。
人間と神の関係を否定する。
我々日本民族は、古代、八百万の神々から生まれた。
その八百万の神々の要が天照大神であり、
天皇である。個々人は現在の自己だけで存在しては居ない。
日本民族と神々は血縁で結ばれている。共産主義によって絶たれはしない。

神道の思想では稲作を通じて形成された「モノを生み出し、造り成す」
という産霊(ムスヒ)の力がある。古事記・日本書紀の神話は、
天地の始めに天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、
高御産巣日神(たかみ「むすひ」のかみ)、
神産巣日神(かみ「むすひ」のかみ)の造化三神が
天地・山河・自然を創成したと伝えている。
「産霊」の力は天地万物を創成し、人や作物を産み出し、豊穣と繁栄をもたらす。
多産による子孫繁栄、豊作による五穀豊穣、生産と技術による企業の繁栄、
さらには国と国との結びつきによる平和をもたらす。
そのムスビの中心に坐わすのが天皇なのです。
モノを生み成し、造り出す「結び」の力は、労働を尊ぶ姿勢につながる。
 天照大神も、田の神の姿をした祖霊・穀霊も、そして皇居では天皇も、人々と共に働き、
豊かな秋の収穫を目指す。この「神人共働」の神道的意識は、利潤の追求というより、
ものを作る、労働そのものが尊いのだ、という信念を形成する。
神道的世界観にあって、労働とは、宇宙をより豊かなものへと
創造しつつある神々の大いなる計画に、人間としての役目を
積極的に担うことなのである。私、光圀は日本に於いては、
マルクスの考え方は経済論にとどまるべきであって、
人間の生き方や、国家の在り方にまで踏み込むべき思想ではないと考えている。

我々皇道家は、『万世一系の天皇』を理解することが出来る。。
同じ日本人なのに共産主義者には出来ない。何故だろうか?
今更言うまでもなが、唯物論者には<まこと>が無いからである。
「まこと」は魂の奥底から湧き出てくる、人としての証です。
人は<まこと>を持って正しく活きることが出来るからこそ社会が成り立ちます。
経済的な生産関係以前に、「まこと」が人の社会を維持する、見えざる力となる。
唯物論者は、それは観念論だ、空想だと批判するだろう。
しかし、天皇は実在するではありませんか。
正に、日本民族は天皇によって「まこと」を示しているのだ。
日本は「まこと」が体現された國である。この皇國には共産思想は必要ないはず。
自らの魂の「まこと」を深くして、日本民族に沈潜し世界を見るなら、
『万世一系の天皇』の意義を知ることが出来る。

西洋人の魂の拠り所と言われるる、イエス・キリストの信仰と伝説は、
ただイエス一人によるものではない。有史以前からの世界各地の伝説や伝承が
イエス・キリストとなって現代に残るものである。
聖母マリアとキリストの神意は汎世界的なものであって、本朝では、
天照大神とニニギノ尊となって現れている。ニニギノ尊は天照大神の孫であって、
神武天皇の御尊父であれる。万世一系のわが天皇はこのように
世界の神意にかなうものである。イエス・キリストは二千年前に滅び、皇統は残さず。
しかし我が日本の皇統は連綿として絶えることなく未来永劫続く。
この真理こそ、すなわち国体である。

国体を維持する原動力は「まこと」である。
共産系教師によって謀られた学校教育と、米国支配に甘んじなければならない資本主義。
何れも唯物論的科学主義に基づくものである。
それらは、人間もその人生も物事も、物質的価値と置き換え、ただ利益をもとめる。
一方は権利といい、一方は自由という。
聞こえは良いが両者の論理的背景は同じ唯物論である。
(本居宣長のいう漢心と言えるかも知れない)

我々日本人はこれらの物質偏重の思想によって
日本民族の「まこと」を抜き取られとしまったのだろうか。
現在の本朝は国民の質が低下している感がある。
正しい歴史を知るには、それを知ろうとする側にも正しさ(まこと)が無ければならない。
日本が万世一系の皇国として正しくあるには、国民の個々人が正しくあらねばならぬ。
それは「まこと」である。
即ち、日本人である我々は自らのまことの中に天皇を観るはずである。
「まこと」を確信する限り、我々は万世一系の天皇を頂く皇国に活きることが出来る。
真に人としての関わりの中に自己を観る事ができる。
その時単なる労働者であった個々人は主体と成り得る。

万世一系をつなぐ天皇から発せられる威光(ミイツ)にまことを観じ、
我々の中にある「まこと」が奮い立つ。
その「まこと」の響きを体得すべきである。
天皇の「まこと」の中に我々個々人が活かされている。
であるから我々は陛下に「まこと」を以って対さなければならないのは当然のことである。
私たちは、心をもつ人間として生きている。この精神は、神代の時代から先祖によって
受け継がれてきた「まこと」の蓄積なのです。

個々人が「まこと」を以って営めばその労働は「ムスビ」の力と成り、
よりよい國を作る土台となります。
マルクスの言う経済的な生産関係を成り立たせているのも人間です。
人間である以上は心があり、「まこと」を持つはずです。
そうであるのに、唯物論は、人間の人間としての歴史を拒絶し、
個々人を、世界の創造から孤立させる。

古代の神話が今も活きつづけ、天皇が実在する日本は、まことに尊い國なのであります。


*光圀霊は、自らを、光圀は、と一人称で呼んでいます。
*光圀霊の言う、万世一系の天皇とは、霊的な意味を含めた天皇で、
 宇宙の太源から天照を経て、今上天皇へ至る、真理の光を意味しているようです。




| 徳川光圀「真心を求めて」 | 15:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
 
 

殺処分後にライオンの餌にされたキリンのマリウス

『最近の出来事ですが、デンマークの動物園が、飼育しているキリンの中の一頭を、

遺伝的に劣るという理由で殺処分した上に、ライオンの餌にし、

それを一般に公開しながら行ったという。

それを聞いてとてもショックを受けました。いつも動物の霊や、

精霊たちに接しているので、飼育している動物を無慈悲に殺せる人間が、

同じ世界に居ると思うと現世不信になりました。

このような冷酷な人間たちをどのように理解すると良いのでしょうか?あるいは許す? 

外国の事なので、価値観や文化が違うとは思いますが、同じ人間として納得できません。

霊界はどう考えていますか?』  

と質問したら、光圀さんが答えてくれました。

光圀さんは、儒学者で武士ですから、下記のような、

本居宣長の思想を持ち出すとは意外でした。

儒教は漢心の巣窟ですから、武士の霊は、いつも威張って出てきます。

武士なら「動物ごときに大袈裟だ」「管理者がそう決めたのだから文句は言えない」

と言い、動物園側に賛成するでしょう。でも、光圀さんは、他界して学ぶうちに、

漢心を捨てなければならないことに気が付きました。

光圀さんは、歴史に名が残る政治家になる為に、たくさん本を書いたり、

有名になるために人とお金を使いました。その結果、現代でも、とても有名ですよね。

名誉に凝り固まった人間になりました。

その、権力志向や名誉欲を漢心と言います。

偉くなりたい!有名になりたい! それは、現世に居る間は楽しいと思います。

光圀さんはお金持ちでしたからね、今でいえば、アラブの王様みたいな身分でしたから。

そんな、光圀さんの霊界通信です。




≪神、そこに在らんと欲すれば、我、真を以て為すべし≫


人間として、人霊として、もっとも尊ぶべきは、その真心である。

そして、その真心は、命ある者を介して世界を調和させる。



求道者は、常に、自らの真心を視、真心に従い行動する。

そこに神が降り、神の懐を得る者となる。

つまり、真心を知らぬ人間は、存在する意味は無いのだ、今までの自分のように。


神を知るには、自らの心の内から漢心を排除しなければならないが、

現世の世俗に塗れている自我が、直ちに神を受け入れることは出来ないだろう。

「神など居るはずがない、居るならここに連れてこい」

という嘆かわしい人間がほとんどである。

神は、愛や思いやりといった、人間の魂の内面に現れるものであるので、

物質的存在ではないから、世人の目の前に連れてくることは出来ない。

愛や思いやりが金に換えられない事と同じで、神は物質に換えることは出来ない。

「神を目の前に連れてこい」とほざく人間は、神の有無では無くて、

神を尊ぶ人間の気高い精神に対して、妬みを感じていて反発し、

漢心を向けているのである。

神霊を信じない人間も、人間であるからある程度は精神性が理解できるから、

相手の気高さを感じる。しかし、神を信じない人間は漢心を持つので、

神を信じる人間の気高さが許せないのである。

人として生きる意味は、気高い精神性にあり、それは尊い存在に向き合う魂であろう。

尊い存在は、私の立場でいえば、神であります。

神に通じるには、自らの真心に気づき、それを育てなければならないが、

直ちに取り組まなければならないことは、漢心から離れた心的環境を作ることである。

漢心から離れれば、精神的に落ち着いた人間らしい暮らしが出来、

自然に真心を感じ、求めることができるようになる。


この理不尽に殺されたキリンに対して、世界中が心を動かされたのは、

人間の真心を傷つけられたからであります。真心は、人間の存在意味であります。

私が理解に苦しむのは、コペンハーゲンの動物園のやり方に賛成する者たちが多いことと、

その言い分である。漢心は、何かと言うと規則や法律を持ち出し、

屁理屈を並べ問題のすり替えをし正当化する。

何度も言うが、私たちは高い精神性を持つ者、であるということ。

精神性とは、愛や思いやりという、形の無い真心であります。

この場合は、キリンを救うという動物の命への思いやりの精神を尊重するべきで、

遺伝的に不必要だからという理由だけで殺すことはしない、

普通の心ある人間なら言うまでもないことである。しかし、それが漢心なのである。

形にこだわり、遺伝子を重視し、人間としての真心を拒絶する。

今在る命を思いやること、相手の命、そして自分の命。

命を尊び、思いやる心的環境の中に、真心が育っていく。

その真心を、漢心で侵食されてはならない。

屁理屈を並べて論戦を仕掛けてきたとしても、生命尊重の大原則と、

人間の精神の気高さというものは変わらないのであるから、

自らの真心を信念とし、弱い命たちを守ろう。

デンマークの動物園の専門家と呼ばれる者たちは、

動物を遺伝子の構成物としか考えていないのだろう。

そこには人間としての精神性は無い。守るべきは遺伝子では無くて、生命である。

命は尊いものであるというのは、誰でもわかることなのに、

なぜ理解できない人間かいるのだろうか。

嘆かわしい世の中であるが、遺伝子偏重は、人間に対しても向けられる時が来ている。

真心を持つ人間には住みにくい世の中になるのであろう。

もしそうなるのなら、人間の存在意義は無くなるのであろう。





マリウス事件の コピペ ↓

殺処分のキリン解体を一般公開、死骸はライオンの餌に デンマーク
CNN.co.jp 2月10日(月)10時22分配信

(CNN) デンマーク・コペンハーゲンの動物園が9日、同系交配を防ぐ目的でキリン1頭を殺処分して、解体する様子を観客に公開した。死骸はライオンなどの餌になった。インターネットでキリンの助命嘆願活動を展開していた愛護活動家などはショックを受けている。

殺処分されたのは、2歳のオスのキリン「マリウス」。コペンハーゲン動物園によると、事前に計画を公表した上でボルト銃を使って安楽死させた。死骸を調べて大きさを測り、解体する様子は一般に公開し、大勢の観客が集まったという。

この計画に反対してネットで呼びかけられた助命嘆願には、2万7000人の署名が集まっていた。

殺処分した理由について同動物園のバンク・ホルスト氏は、「キリンは国際的な繁殖計画の一環として飼育している。同計画の目的は、安定した健全な群れの維持にある」と説明。去勢などの選択肢はなかったのかという質問に対しては、「去勢すれば、遺伝子的にもっと価値の高いキリンのためのスペースが取られてしまう」と語った。

解体の様子を一般公開したことについては、「われわれには観客を啓発する役割もある。キリンがどんな姿をしているか見てもらう良い機会でもあった」と話している。







真心スピリチュアル
スピリチュアルカウンセラー 茨城の母
スピリチュアル夢判断
水戸心霊科学研究会
茨城県の占い師
スピリチュアルカウンセラー茨城の母
茨城県 占い師
| 徳川光圀「真心を求めて」 | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
 
 

光圀霊 神社での暮らしぶり

 ご存知ながら、私は¨霊¨です。死んでいる者です。
こちらに来て3百年ほど経って居ります。
つまり、微妙な立場に居ります。
代を得て、またこの世で語ることができました。
ですから、霊を信じられない方は、そのままの認識で結構ですので、
¨面白い物語だな¨と思ってくだされば嬉しいです。

私は、1701年に他界しましたが、
私の生涯については、研究されている方がいろいろな書物を書かれているので
それを参考にしてください。多くは「桃源遺事」という、
の側近があらわした物を出典にしていますが、それはあまり当てにはなりません。
私の後進が世に残した書物に、ここが悪い、そこが違うと言っても、
今更仕方が無いので、そのところの言及はやめます。

私は、水戸市の常盤神社に仕えております。主祭神というのは、
全くおこがましいことで、只ひたすらに御神命に従う日々を過ごしています。
近年、現世の神社には外国人が多く参拝するようになりましたが、
霊界のお宮には、外国人は訪れることはありません。
日本の神界に縁のある者でなければ許されないのです。
(逆に、西洋の神界に私達が勝手に訪問することはできません)
現世では人間は皆平等と言いますが、霊の世界では魂の出自により区別されるのです。

常盤神社での私の一日は、と言っても霊界には昼夜の経過はありませんが、
現世の時間の流れに合わせて、霊界のお宮も運営されているので、
早起きは三文の得、と言いますが、私は早朝からお参りに来る者には、敬意を払い、
その人間の健勝を祈念してあげます。お参りする一人ひとりの者たちに
そうしてあげたいのですが、霊界の公務があり儘なりません。
そんな訳で、朝の参拝者の顔を見るのが、私のささやかな楽しみでした。

私は、祭神では在りますが、実は、まったく神としての仕事は出来ていません。
お宮の管理者の役目というのは、神と、人との間に立って、その橋渡しをするのです。
人が神に願うと¨ご利益¨というものがもたらされますが、
それは、私のような役目を持つ神霊が、神の力をその人間に伝えて居るからです。
私は、その中継ぎの仕事を上手く進めることが出来ません。
それをこちらの言葉では¨お手配¨といいますが。
お手配は、地域や国家に関することから、氏子の個人の事や、
犬猫、草木のことまで、さまざまな現世の事柄を神に申し上げて、
人間達が恙無く過ごせるように下々の神霊に指示を与える役割です。
分かりやすく言い換えるなら¨中間管理職¨のようなものです。
本当に恐縮なのですが、私は常盤神社を任されてから、
只の一度も、満足の行くお手配は出来ませんでした。
神のお声を正確に聞き取る事ができない、さらに神の意思を下々の神霊に伝えられない。
しかし、お手配の用件はこなさなければなりません。

そこで、私に代わってお手配を行ってくれる者があります。
末社の常盤稲荷です。この神霊は、いわゆる稲荷です。
神や人間の類では在りませんが、
私より神通力があり、賢く、何よりも慈悲の心にあふれた神霊であります。
常盤稲荷は、普段は稚児の姿をしており、参拝者が多いときは、楽しいらしく、
皆と一緒に境内を走り回って居ります
。稲荷は、人と共に在ることを喜びとしている神霊で、
人間に対してはいつも明るい心を与えています。
また、神に向うときは、誠に素直な気持ちを表して、
の魂には何の偽りも躊躇いもありません。
私は、稲荷のように、すんなりと神の元へ参じることが出来ません。
人間特有の自意識が邪魔するのでしょうか。常盤稲荷は、
神の眷属になるべく育てられ、研鑽を続けてきた、言うなれば神霊のエリートです。
娑婆の臭みがありません。
私も、稲荷のような無邪気な心を以って、神をお迎えしたいのです。

その日は、常盤稲荷が「外人さんが来たよ」と言って、
子犬のようにはしゃぎ回っておりました。生きている人間の外国人ではなく、霊の
外国人です。
前述したように、外国人の霊は神域には入り込めないはずです。

この霊界通信が綴られているのは、2009年12月ですが、
事の始まりは、それを10年程さかのぼった、1999年の春先のことでありました。
水戸の春、というのは、当地の者(霊界)にとって感慨深い時期であります。
その日は、何時もとは違う参拝者の気配がありました。



つづく








真心スピリチュアル
スピリチュアルカウンセラー 茨城の母
スピリチュアル夢判断
水戸心霊科学研究会
茨城県の占い師
スピリチュアルカウンセラー茨城の母
茨城県 占い師
| 徳川光圀「真心を求めて」 | 21:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
 
 

徳川光圀「大日本史」の核心

 我々は三家(水戸藩・尾張藩・紀伊藩)・三卿(田安家・一橋家・清水家)であるから全力を挙げて幕府(将軍)を助ける立場であるが、もしも朝廷と将軍家とが対立するような事になった場合には、日本の国のご主人は天皇であるから、将軍は一族の本家にすぎない、朝廷に弓を引くことは無い。と言うことを繰り返し親から教えられた。特に二十のころ念を押された。「唯それに従いたるのみなりき」という事を聞いて博文は非常にびっくりして渋沢栄一に語った。慶喜公の最後の判断、大阪退城後の一意恭順が水戸の庭訓であると言うことを、慶喜公自身が語ったものとして重要な資料です。

(「大政奉還と王政復古宮」田正彦より引用)



このような、慶喜公の尊王の精神は、弘道館で学んだ水戸の学問であり、烈公(斉昭)の教えでした。徳川家は代々、尊王の精神と朝廷を中心とした日本の正史を受け継いできたのでした。その原点は徳川光圀の「大日本史」です。光圀公の大日本史編纂の事業が明治維新を生み出して来たと言っても過言ではありません。

「大日本史」編纂の動機は、中国の、司馬遷の史記の、中の伯夷伝に感激したからと言う説があります。伯夷には弟の淑斉がいたが、父は淑斉に後を継がせようとした。父の死後、淑斉は弟の自分が兄を越えて後を継ぐのは道に反するとして、兄の伯夷に譲ろうとしたが、兄は父の意思として是を受けず、ともに譲り合い、連れ立って家出してしまう。

旅の途中、父が死んで間もないのに、クーデターを起こそうとしている発(武王)に出会う、二人は「父が死んでまだ葬らないのに自分から戦争を仕掛けるのは孝ではない。家来でありながら王を殺そうとするのは忠ではない」と、発を止めようとする。その後クーデターは成功しその國(殷)は滅び、周の天下となったが、このような道に反した國の食べ物は口にしないといって、餓死してしまう。首尾一貫、正道を貫いた高潔な兄弟として有名な話であります。

光圀は自分の身の上とオーバーラップし、伯夷伝に感動する。光圀も兄を差し置いて水戸藩の後継ぎとなっていたからである。この時光圀は兄の子を養子にし、次の藩主にする決心をする。と同時に、史記のような日本史の編纂を思い立った。つまり、史記のような正しい道を示す書物を世に出すことで、自分が感動して目覚めさせられたように、多くの人々にも正しい道を見出して欲しかったのである。

光圀の大日本史編纂の核心は、日本の社会の秩序を正しく維持するというところにある。「後世の重宝にも、まかりなるべきか」という表現をしている。

専門家は、水戸学を、光圀の大日本史編纂の前期と、藤田東湖から明治維新にいたる後期に分けて、主に後期を水戸学と言っている。これは私見であるけれども、私は「正道」という根底では前期も後期も同様と考えている。

水戸学に一貫する精神は「まこと」である。



スピリチュアルカウンセラー 茨城の母


| 徳川光圀「真心を求めて」 | 23:27 | - | - | - |