人は幸せになるために生まれてきたのでしょうか?

 Tさんの質問

『人は幸せになるために生まれてきたのでしょうか? 
 この言葉を否定するつもりはないのですが、波長の高い世界から
 使命を持ってこの世に生まれてきた人にとっては、
 あの世で十分幸せなのですから、わざわざこの世で幸せになる
 という目的を持って生まれているわけではないでしょう。
 例えば幕末の志士・吉田松陰は聖徳太子の強い守護を
 受けていたと思うのですが、この世で幸せだったかといえば、
 必ずしもそうではなかったと思います。しかし一方で、
 使命をまっとう出来た人生であったと言えます。
 つまり神様や守護霊様は、人間の幸せということにはあまり
 関心がないのではないでしょうか? 聖徳太子という強力な
 守護霊がついていた松陰の一生を考えると、
 そのことがよく見えてくるのではないかと思います。 
 すなわち神様・守護霊様というのは人間がこの世で使命を
 ちゃんと全うするために守護する存在であると理解することが
 正しいのではないかと思います』


≪高橋の答え≫

幸せになるために生きています。 
犬や猫たちは、彼らは人間の側で楽しく生きることが仕事です。 
同様に人間も、神の下で、命のままに光ることが義務。 
暗い部分や、よどんでいるところを見ていると先が進まない。 
結局ここは現界だから、低い部分もあるけど、
そこにいつまでもいない事です。犬や猫、動物達を見習って。 

「自分の幸せ」と考えるから、真実が見えてこない、 

世界の中の自分、世界の中に参入していけば、
真に幸せの意味が分かる。 
犬と人間を比べるのは出来ないかも知れないけど、 
ウチの犬たちは、私の顔を見るだけで喜ぶし、 
エサをもらって喜ぶし、名を呼んでもらって喜ぶ、 
何か少しの事でも、人間の一緒ならうれしい。 
人間も、自然を感じたり、他人の気持ちを感じたり、 
それらをただ素直に喜べば良い。 
神は、素直な心を望んでいる。タダそれだけ。
使命や役目は、類魂の流れの中で人類の
カルマと共に現れて、消えていくもの。

松陰さんの人生は大変そうに見えるけど、 
霊界ではその役目だったのでは。 
他界したときは「よくやった、お疲れ様」
って感じでしょうね。
松陰さんも、人生の中で、素直に神に感謝して、
人生に感動していたはずです。
それが幸せではないでしょうか? 役目として死ぬことと、
人間として生きることの幸せは別のものです。






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