身近な気付きの積み重ねが悟りに至る

 西洋神秘学には、象徴哲学という道があります。

シンボルや文字によって、真理に沈潜するという方法です。

有名なところでは、カバラがそうです。

キリストの十字架も、救済の真理の象徴です。

十字架によって、キリストが訪れれば、象徴哲学になります。


BSで空海の番組をやっていました。空海の曼荼羅です。

空海は、仏の悟りの世界と道を絵で教えようとしたそうです。

仏の世界の真理は、衆生には難しいので、

絵で見て理解して欲しいと考えたそうです。

それは象徴哲学ですよね、造形から真理に沈潜するメソッド。


私は、霊的に意味のあるシンボルは、

日常の暮らしの中にも沢山あると感じます。

曼荼羅や神像や、修行や学問のなかではなく、

日常の体験や物事の中にも象徴哲学が隠れています。


たとえば、お姑さんが大嫌いなお嫁さんが居たとします。

「あのババア、早く死ねば良い!」と毎日一度は思います。

でも「夫の親に死ねなんて、そんなことを考える自分はダメな人間」

という自責の念もあります。ある時、そのお嫁さんの目の前で、

お姑さんが、倒れて意識不明になりました。息をしていないようです。

お嫁さんは、あわてて心肺蘇生法を行いました。

自治会の講習会で習ったばかりでした。

そうしながら家族に頼み救急車を呼びました。

お嫁さんの蘇生法のおかげで、お姑さんは一命を取り留めました。

ひと段落着いたときに、お姑さんは「貴方も役に立つことがあるのねぇ」

と、強がりを言いましたが、感謝しているようでした。

その時、お嫁さんは「やっぱり自分は善人だったのね、良かった!」

と思いました。これは霊的に意味のある気付きです。


お嫁さんは、毎日お姑さんを恨んで「死ねば良いのに」と念じていました。

そんな自分に対して、後ろめたいものを感じ、ウツウツと過ごしていました。

でも、お姑さんを助けたことで、本当の自分に気がついたのです。

自意識は、お姑さんを嫌っているけれど、本当の自分は、そのお姑さんを助けました。

それが、日常の中の気付きです。

その後、お嫁さんは、お姑さんを恨むことは止めました。

仲良くは出来ないですが、悪いことがあっても深く考えないことにしたのです。

それはまたお姑さんが倒れたら、やっぱり助けるだろうから。

助ける相手を「死ね」と思うのは矛盾しています。

このお嫁さんとお姑さんのように恨んでいて、業が現れている関係ですが、

本心に気付くことでその業が解消されます。


この気付きの場面で、スピリチュアルに共感する人は、

霊界の導きを感じるはずです。

守護霊や祖霊の「よかったね」というメッセージを感じるでしょう。

一般の人は、お姑さんを助けることで、少しお嫁さんの位置が高くなって

ストレスが軽くなったかな、と思うだけですが、

霊体の中にグラールがある人は、この家族の業が解消されることで

劇的に霊能力が目覚める場合があります。

それは、お姑さんとの人間関係を象徴として、

お互いの業に沈潜したのです。このように、身内の業が、

その人の霊能力を妨害していることが多いのです。

つぎは、気付きとグラールについて述べますね、









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