3.11以後のスピリチュアル 草稿

★幸福への提言ー執着を捨てる生き方


<人間は浄化の場>

「幸せとは何か?」という問いかけがありますよね。
人それぞれに答えがあります。

例えばこんな感じ、

「家族みんなが恙無く暮らせることが何よりの幸せ」

「平穏無事ないつもの毎日が一番」

「とにかく仕事が在れば何とかなる」

「とりあえず、宝くじを当てたい」

この回答をよく考えると、幸せって、自分が置かれている状態や環境に対して言っていることなのでしょうか?自分の欲求が満足されていて、無事に暮らせる状態を幸せというのでしょうか?

こんな例はどうでしょう、

三十過ぎの青年A君、彼は親に言われるままに良い大学を出て、上場企業に入ったのですが、何故か突然退職してしまい、そのままニートをやっています。

初めは早く次の就職先を探そうと頑張っていましたが、ふと気がついたのです、いのままでも良いのかも知れないと。親が何でもしてくれるので、無職でも良いわけです。

今仕事をしなければならないという必然性が無いのです。 A君は、親の機嫌を取りながらしばらくブラブラ暮らすことになりました。 

彼に「貴方は幸せなの?」とたずねたら

「少しも幸せではない、こんな自分になったのは親の責任。だから親は俺の面倒をみて当然なんだ」何と勝手な言い分でしょう。 でも実際にA君みたいな人物が居たのです。

A君は、親と暮らしている限り幸せでは無い、と思っていますが、ニートの身分を止めるつもりはありません。楽な暮らしですからね。A君は、働かなくても親の資産で老後も暮らせます。 

派手に遊ばない限りは平穏に人生を送れます。でも本人は幸せだとは思っていません。 彼は、自分の居場所が無い、と感じているのです。

職場にも、家庭にも自分を必要としてくれる人は居ない、「自分は居ても居なくても良い存在だ」という考えがいつも頭の中にあり、その強迫観念のような想念が、A君の周りに取り巻居ていました。 

どうしてそんな気持ちになるのでしょうか?彼が鬱だから? 鬱と言ってしまえばそれまでですが、Aくんの発言は、震災で大変な体験をしている皆さんにはまったくナンセンスで、話になりませんよね。

Aくんは、家族も生きているし、住む家もあるし、食べるのにも困らない。 被災して何もかも失った人々から見ると、贅沢やわがままとしか映りません。 実は、それはAくんも分かっているのです。

でもどうしても仕事をする気持ちに成りません。前向きな自分になれないのです。それは、幸せが無いからです。 

被災した人々よりまったく恵まれた暮らしをしていますが、Aくんにとっては幸せではないのです。 つまり、幸せは、物質的な環境に在るものでは無いと言うことですね。

では幸せって何処にあるのでしょうか?


私は、一年間ほど歩けなくなったことがあります。外はもちろん室内の移動も大変で、やっとトイレに行けるという状態でした。座ることも出来ないので、和室の動作は苦労しました。

その時はアパートに住んでいて洋室は無かったので、畳に座らないと暮らせません。 そこで時間があれば、膝を曲げて正座をする練習をしました。

もう一つ困ったことは、靴下を履いたり足の爪切が出来ないことです。健常者なら何でも無いことですが、トイレに行ったり、座ったり靴下を履いたり、日常の普通のことが、

誰かに助けてもらわないと出来ません。 しかし、当時は夫とは家庭内別居の状態で、実家も遠く、頼れる人が居ないので、早く足を治そうと決意し、それから私は、毎日自分なりのリハビリをしました。

(整形外科のリハビリ室に務めていたことがあり治療法は熟知していました)

膝関節の周りを丹念にマッサージして柔らかくしながら曲げて行きます。 痛いのを我慢して曲げ伸ばしを繰り返しました。一年くらい続けて、少しずつ足の状態が良くなってきました。

一番感激したのは、あまり時間を掛けないでスッとトイレに行ける様になったことと、靴下を履けるようになったときです。

それまでは、靴下を履き替えるために身体を曲げると、大変な痛みだったので、同じ靴下を何日も履いていました。(それから20年たち、結局靴下を履くのがキツイのと、杖が必用になりました)

昔から「失ってみてそのものの大切さが分かる」といわれていますが、正にそれを実感したのです。トイレに行くのも、靴下を履くのも、正座をするのも、日常のありふれた行為ですが、

それが出来なくなって、身体が五体満足であることのありがたみが分かったのです。 つまり、普通に暮らすことの幸せですかね。しかし、実はもっと深い意味があったのです。 

「失ったから大切さが分かった」のでは無いのです。 執着がなくなったから、小さな幸せを感じることが出来るようになったのです。もし執着があったなら、トイレに行けたくらいではうれしくないでしょう。

以前のような元気な身体にもどりたいと焦り、神や世間を恨んでしまいます。 自殺願望があり、神を恨んでいる人は社会に対して執着していることが多いものです。

しかし、執着していないなら、自殺願望で悩まない。何時死んでも良いけれど、自殺願望が原因でウツにはならないのです。社会から自立しているので社会を恨まない。


それに気が付いたのは、3月11日の震災があって、自分自身も被災地区に住んで直接体験し、熟考する機会が与えられたからです。

何かを失う、例えば破産して財産を失う、病気や怪我で身体の機能を失う、大きな災害で家族を失う、など、元には戻せない大きな損失があり、心に傷を負っても時間は流れていくものです。

動機はどうであれ、時間の流れが人間を前進させます。前向きでは無いにせよ「このままではダメだ、とにかく生活しなければ」と言う気持ちに成ります。

私は、離婚して一人になったら、お金は生活保護をお願いするとして、日常の動作を一人で出来るようになりたい、その一心でリハビリに励みました。

意地っ張りもありますが、今思うと、その時点で家族や仕事、健康な身体に対する執着が無くなっていたのです。

「元の自分と同じにならなくてもいいから、取り合えず生活できるようになりたい 」一端、現世的執着から離れて、どうやって生きていくか考え直し、リハビリしかないと思ったのです。

つまり障害者になることで、執着が無くなったのです。ここで私が言いたいのは、執着心が幸せを感じる心のチャンネルを閉ざしているという真実です。

心のチャンネルが閉じているというのは、霊的には大変重大な状態です。 人の心は、神の光と物質界の波動が交じり合い、万物を浄化する場なのです。

その浄化の場を閉ざすというのはどういうことなのでしょうか? 人間という存在が何故尊いのでしょうか?それは、人間の魂と身体の中で、神の救済が行われているからです。

人は、神の力の媒体です。人間は神の力を、物質の世界に導く役目があり、それこそが人間の存在意義なのです。


執着心によって心が閉ざされると、その役目を果たせなくなります。

自殺願望があり「早く死にたいのに、生かし続ける神を恨む」と言う人が多いですが、その自殺願望に耐えて行き続ける事で、自殺霊を浄化しているのです。

つまり、いくら神に恨み言を言っても、生き続ける以上は、神のお役に立ってしまうわけです。 逆に言うと、生きて行くこと自体が生きる意味なのです。

自分の生きる意味に疑問を持つ必要は無いのです。 「霊性を高めなさい」「魂を浄化しなさい」と言いますが、正にこの仕組みを指していて、人が自身において、

神の光を物質界に放射し、この現世を明るく照らすことを言うのです。 神の光を媒介する人間は、隣人に対して、導きの灯台にならなければならないのです。


それは、このような事です、

生活するためにはお金が必要ですが、執着すると、お金のためにお金を欲しがります。 「もっと欲しい」と思うようになります。或いは、人よりも見栄を張りたくてお金が欲しくなります。

しかし、お金を稼ぐ本来の目的は生活をする為だったはずで、その生活は何のたか?というと、社会に役立ち人のためになるため、何かの役に立つために生きているという事ですよね。

その何かの役に立ちたいという気持ちも、心のチャンネルを開く切っ掛けになります。人のために何かしたい思いやりの気持ちは、執着から離れて素直な気持ちになれるからです。

でも、執着を離すだけなら、瞑想や精神統一などの行で案外と上手く行きます。 無になるということですが、それだけでは「幸せ」とは違うようです。

無になると、心は穏やかになりますが、より「幸せ」というわけでは無い。人間は執着を無くすだけでは「幸せ」ではありません。


<執着を無くすと学びがある>

それを理解したのは、本格的にスピリチュアルカウンセリングを始めて、様々な霊と交流するようになってからです。

真面目にスピリチュアルに取り組んでいる努力家には、僧侶の霊が付いていることが多いのですが、本人も僧侶霊も霊格は高いのに、何故かあまり幸せじゃないのです。

僧侶霊は他界して二、三百年経つのに「まだ修行中です」と言います。無欲で修行に励む。 それ自体は悪いことではありませんが、何か違うな、と感じました。

僧侶や行者の霊は、生前は一生懸命修行して、そのままの意識で他界し、霊界でも同じように修行しているようです。

彼らの目的は「世俗を離れ、欲を無くす」事ですが、それなら障害者に生まれ変わると良いのです。 障害者になれば、俗世の殆どのことをあきらめなければならなくなります。

地位も名誉もお金も無意味になり、セックスも出来なくなるので、出家する必要がなくなります、と、ある僧侶霊に話すと「カタワ者は未熟な人間なのだ」と言ってきたバカな霊が居ました。

この僧侶霊は、単純に修行すると業が無くなり徳を積めると思っているようです。



私は、自分自身が幸せか、不幸かということは考えたことは在りません。でも、人生の中で一度だけ「自分は不幸だ!」と感じたことがあります。

それは高校三年の三学期で、進路を考えなければならない時でした。それまではある大学を志望していて、共通一次に取り組んでいました。

その大学は自分でも自信が在ったので、必ず合格できると信じていたので、もう入学する気持ちでいました。 

しかし、願書の提出期限ギリギリで進路を変更し、大学進学を諦めざるを得なくなりました。 当時は大変なショックでした。

今でも、年末のその時期になると思い出します。元々目が悪かったのですが、気が付くと0.01になっていたのです。

視力がガクンと落ちて、メガネを掛けているのに最前列の席でも黒板の字が見えなくなっていました。慌てて眼科に行くと「この視力は盲人のレベルだよ」と言われました。

病名は緑内障です。 それで大学進学を諦めたのです。無理に行けば行けるとは思いますが、先が無いですから。 大学を出ても、目が見えなくなっていたら、社会に出られなくなります。

それなら、失明しても身を立てられる盲学校に進もうと考えたのです (私は親との確執があり、失明しても親に頼るつもりはありませんでした)

クラスメートは、みんな大学受験の追い込みです。 私一人だけ盲学校でした。すごく落ち込みましたが「失明対策!盲人になっても自立するため」と自分に言い聞かせました。

それから盲学校入学の四月まで、ツウツウとして毎日をすごしました。 「自分は不幸。霊能者ってプライベートでは不幸になるっていうけど本当」と感じていました。


<寄り添う心が人を幸せに導く>

しかし盲学校の生活がスタートしてからは、自分の考えが完全に間違っていたと分かりました。盲学校は、私にとっては人生の学びの場で、しかも楽しいところでした。

盲学校は、先生も生徒も真面目で勉強熱心な人たちばかり、ワルは一人も居ませんでした。同じ境遇の仲間で、みんな互いを思いやり、アットホームな場所でした。

それに比べると健常者の普通校は、殺伐としていて下品で粗雑な人間の溜まり場に見えました。普通校は身体が元気な分、動作や言葉遣いが粗野なのです。

それと、盲学校の皆さんは自分のことは不幸と思っていないのです。それは、自分の置かれている状況を冷静に受け止めて、流れのままに生きているからなのです。

もっとも感銘を受けたのは、先輩のカップルでした。二人とも全盲ですが、学校を出て社会人になったら結婚すると言います。

「先輩達は、結婚して子供はどうするの?」と聞いたら 「当然、欲しいよ」というので、「もし目の病気が子供に遺伝したらどうするの?心配じゃないの?」

大変に失礼な質問ですが、人事ではなかったのであえて聞きました。

「二人とも遺伝性の病気だから、子供もそうなると思けど、私は家族が欲しい。一緒に生きていける家族が欲しいから子供を生むよ」 先輩は、ごく自然な口調で話しました。

私はこの言葉も、感銘を受けました。 昔から、生まれてくる子供は五体満足で、欲を言えば頭のいい子がいい、といわれていますが、

子供を生む本来の意味は、優秀な人間が欲しいということが目的ではなく、魂が、絆のある人生の仲間を求めているからでしょう。

五体満足な健常者は、どうせ育てるなら優秀な子供が欲しい、と願いますが、それは目的の履き違いで、子供を生む目的は、

家族を作ることであり、自分と絆のある仲間を自らの力で作ることなのです。 苦しみや、喜びを分かち合って、共に寄り添って生きていく仲間を作ること。それが家族。

盲学校の皆さんは、障害を持ち、互いに寄り添って生きていくことで、人間として大切な気持ちを自然に現すことが出来るのです。

私は、心の底から盲学校に入って良かったと感じました。そのまま健常者の中に暮らしていたら、人間として本当に必要な心に気が付いていなかったでしょう。

この時、初めて霊界に感謝しました。

それで、幸せって何でしょうか?

他界して何百年も経つ僧侶霊は、霊界で真面目に修行して、執着心はなくなっているはずなのに「まだ修行中です」という。

そして、私が盲学校で知った、互いに寄り添う心の真理。 私は、人として素直な気持ちで生きていく、盲学校の先輩カップルが真であると思う。

人として在りのままに生きていけば、出家して僧になる必要は無いと考えています。 皆さんはどう考えますか?





★遠野の世界と精霊ー自然は危険に満ちているはず


<本来、自然は危険に満ちているはず>

神様の気持ちになって考えたとき、神様ならどんな人間が好きでしょうか?

もちろん神は平等に考えるでしょうから、意味も無く人を差別することは無いでしょう。

でも、神にも感情があるとしたら、どんな人間に好感をもつでしょうか? 私は「幸福の提言」で触れた、盲学校の先輩カップルと思うのです。

人は、自分に覚えの無い出来事が起こると、他人の所為にします。 お年寄りの物忘れで、自分でしまったことを忘れて「嫁が盗んだ」と思い込む義母や、

切れやすい性格の人に多いのですが、自分の感情が爆発するのを相手の所為にしたり。 それを震災と同じに論じてはいけないかも知れませんが、テレビのインタビューで、

津波で流された街を見て「神様なんて居ない」と言っていた被災者が居ましたが、お気持ちはわかりますが、それは違うのです。

人知を超えた部分に対してそう感じますが、神様の有無と天災は関係ないのです。

天災は自然の営みの中で法則的に起きていることですから。神様から見ると「神様なんて居ない」と言われると、「勝手なことをいっているな」と思うでしょう。

神様は人間の都合で存在していないので、逆で、人間が神のために作られているのですからね。

人は、神に代わって、より幼い霊たちを助けるという役目を負っています(イザナミワーク)  それ故、神はいつも人間に寄り添い、人間と苦しみを分かち合っているのです。


私の母の実家は北海道の漁師の家系です。今も親類に漁師がいます。漁師は10年に一度は海で悲惨な事故に見舞われるそうです。つまり、同僚の誰かが亡くなるのです。

だから漁をする時は「次は自分かも知れない」と、いつも心の隅では覚悟があるそうです。 同じように、炭鉱の作業員もそうです。

私は夕張の側に住んでいましたが、子供の頃はまだ炭鉱があり、炭鉱も大変危険な職場なので、皆さんは覚悟して仕事をしていました。

炭鉱のおじさん達は「あれは危なかったな、今度は死ぬかもしれん」 と言いながら居酒屋で談笑していました。 「死」という言葉が日常の何気ない会話に出てくる。

漁師や炭鉱労働者は、自ら危険に向かって行くのですから、震災被害とは違うものですが、行き成り多数の人命が失われるというのは、意味としては同じことだと思います。

でも、漁で遭難して亡くなる人も、炭鉱事故で亡くなる人も「神なんて居ない」とは言わない。 危険と隣りあわせで生きているということを自覚しているからです。

震災で、壊滅した街を見たとき、大変に衝撃を受けましたが、ふと思ったのは、今お話した、漁師さんや炭鉱夫さんのことでした。同じなのです。


街で平和に暮らしていると忘れていますが「危険」はすぐそこにあるのです。 人間は自然の中で間借りして暮らしているのです。

自然の中では何時何が起こるかわからない、それは極当たり前のことなのです。 人間の営みは、本来は危険に満ちているものなのです。安全な生など何処にも無い。

それを冷静に受け止めて、覚悟して生きること。スピリチュアルの側面では特に求められています。




<パワースポットの担い手は精霊たち>

パワースポットがブームになり、安易に聖域を荒らす人間が増えましたが、 「行けば取り合えず何かご利益がある」と思っているのでしょうか?

自然はそんな簡単なものではないのです。 自然は、人間の慰安のためにあるのではありません。 貴方が聖域の精霊だったら、やってきた人間をすべて歓迎できるでしょうか?

パワーを与えるに相応しい人間と、来て欲しくない人間があるはずです。

ところで、パワースポットから何故パワーをもらえるかご存知ですか? 波動とか、気と言いますが、その荷い手は精霊なのです。

その場所で「気を感じる」という表現をしますが、その陰では精霊が活動しているのです。 一精霊一ご利益というか、精霊が人間に憑くことでパワーとなるのです。

自然界の生命の欠片が、長い時間を掛けて個性を持ち、精霊となります。 自然に宿るツクモ神のようなものだと思ってください。精霊達は、無邪気で繊細な性格です。

精霊は自然界のいたるところに棲んでいますが、パワースパットといわれるところにはたくさん居ます。 だいたいそんな所は、精細で美しい場所です。

人間は、綺麗な風景に感動しますが、それは、ただ単に景色の良し悪しの問題ではなく、精霊の存在を人間の魂が受け取るからこそ「ここは綺麗、すがすがしい」と感じるのです。

精霊達が「ここに居るよ、楽しいよ」という波動を人間に発し、それをそのまま人間が受け止めているから「パワーをもらった」と感じます。

ほとんどの人間は、オーラや気の変動としか感じていないようですが、精霊が動いて初めて「気」が分かるのです。

精霊達は、人間から見ると霊としては未熟で幼い霊ですが、神の端くれであることには間違いありません。 そして、精霊達の純粋な波動は、楽々と神に通じてしまうのです。




<生きることの覚悟 遠野、再び>

3・11で被災したお年寄りが

「この世の地獄を味わった。自分の寿命は長くないが生き残ったから生きていくしかない」 と語った。この老人は、テレビの前で話すことで、生きることの覚悟をしたかも知れない。

福島原発の放射線被害で、避難せずに家族と残っている母親が、「福島に残るも地獄、避難して出るのも地獄」 と言っていた。

それは、福島に居ても、福島から出ても全く見通しが立たず、絶望と不安の中でそれぞれの道を選択しなければならないという、生きることの覚悟の言葉です。

 震災という極限の体験でなくても、人生の中で生きる覚悟をする場面は幾つかあります。

例えば、出産の時は、子供を産み育てていくという覚悟。癌等の大きな病気をして、その治療やリハビリに向かうときの覚悟。母親が子供を連れて離婚するとき、など。

人生を掛けて取り組む生きるための覚悟は、普通の暮らしの中にも在るのです。 『生きるための覚悟』は、霊性を豊かにするためにはとても大切な心的状態です。

震災によって、多くの皆さんの魂がそのときを迎えようとしているのかも知れません。 

何事も無い、のんびりできる日常が平和が、正しい社会であると勘違いしている人が居ますが、リスクの無いものはありません。 だから保険に入ります。

震災でなくても、事故や大病を経験した人は分かるでしょう。 一日一日が大切だということ。


ところで、ここ6年くらいから、毎年東北へ行っています。 主に青森県内の神社めぐりですが。 恐山も年に何度も行っていて、あそこもお稲荷さんが奉られています。

東北の海岸線の道路の側には、小さいお社が点在していて、お稲荷さんと八大竜王が多いです。 国道を走っていて見え隠れする赤い鳥居は良い風情でした。

車を止めて境内に入ると、小さな精霊くんが木陰からこちらを覗いていました。 そのお社たちは、津波で流されているのでしょうね。 山の上の神社は大丈夫でしょうが。

テレビを見ていると、土台さえも残さず、跡形も無くなった神社が出ていることがありますが、気になるのは、その神霊さんたちです。 みんなどうしているのでしょうか?

被災した人間、福島の原発避難区域に取り残された動物達、命ある者はみんな心配です。 そして同じくらいに、被災地域の精霊たちの動向が気がかりでした。

すると、ウチのお稲荷さんの高橋くんが、

「上の神様は避難しているけど、精霊たちは人間のところに居るよ。ボランティアさんたちと一緒だよ」と、稲荷は得意げに語ります。

「天の神様は現場の仕事はしないけど、精霊は里の住人、人間と一緒だよ。ボランティアの人たちにくっついて全国から集まっているよ」
なるほど。。。

精霊は軽い性格なので、厳しい場所には居ないと思っていましたが、被災地に留まっているのです。 人間を支援しているのでしょうか?


私は、3.11の津波が襲い社殿が無くなった地域は、しばらく神は居ないのでは、と考えていました。 というのは、以前、阪神淡路大震災があったときのことです。

当時は成田に住んでいましたが、近所の神社内に神戸の生田神社と同じ祭神の、稚日女尊を奉る神社がありました。

麻賀多神社です。成田のこの神社は全国のワカヒメ様が集まる聖地で、神戸のワカヒメさまも降りていました。

近くの好で、何かとお参りに行っていましたが、境内に入ると、いつもこの女神様たちがニコニコして出迎えてくれました。 それが、ある日突然、ワカヒメ様たちの気配が無くなったのです。


姫神たちだけでなく、境内の精霊さんも静かになりました。 神社の神霊を感じなくなることはたまにあります。 

社家や氏子に不幸があるときや、神社の隣の敷地にビルが立つとか、台風がやってくるときなど。でも、たいていは二、三日で戻ってきます。 神社に誰も居なくなることは無いはずなので。

しかし、その時は一ヶ月経っても二ヶ月経っても神霊の気配はありませんでした。境内全体が喪に入ったようでした。

「何か重大なことが起こるのかな」と心配していた矢先、阪神淡路大震災が起きました。 私は「ワカヒメは震災で霊威が傷ついたのかも知れない、そのため身を隠したのかのだろう」と考えていました。

ですから、3.11でも、被災地の神様はしばらく居なくなるのではないか、と予想していました。


稲荷は「ボランティアと一緒に全国から精霊さんが集まっている」と言っていますが、どんなことなのでしょう。

そこで霊的な観点から、3.11とボランティアについて調べましたが、興味深いことが分かりました。 それは「遠野」です。 

柳田国夫「遠野物語」は有名ですが、最近NHKの新日本風土記で遠野をやっていました。 「遠野物語」の精霊の世界は今でもひっそりと残っているようです。

今はすっかり有名になり観光客が殺到する中、集落のお年寄りが屋敷神や座敷童子の伝承を守り伝えています。

実は遠野地域だけでなく、東北全域に、まだ精霊が住んでいます。明治の初めまでは、日本全体が精霊の国でした。 

精霊の国、というとのどかなパラダイスの感じがしますが、先のも述べましたが、「覚悟をして生きる」所に精霊が棲みます。東北に精霊が残っているのは、自然が厳しい地域だったからです。

「遠野物語」に出てくる河童は赤い顔をですが、それは口減らしのために川に捨てた赤ん坊の象徴だそうで、座敷童子も、闇に葬られた子供を表立っては供養できないので、

座敷童子という妖怪に見立ててお奉りしたのが起源らしいのです。

「遠野物語」のファンタジーの世界は生と死が隣り合わせに生きていた東北の人たちの、苦悩の物語でもあるのです。 江戸時代の頃は、二、三年起きに飢饉があり、苦しい生活が続いています。

そのギリギリの暮らしの中での神霊との交流だったわけです。天の神(天照に代表される天津神)は、人間の苦しみの現場に直接降りることは出来ません。

それは、穢れがあるからです。通常でも神に会うには潔斎が必要ですよね。 神社のお参りは、直接祭神が出てくることは殆どありません。 眷属の神霊が人間の用件を神界に取り次ぐのです。

災害の現場や、飢饉などでたくさんの人間の苦しみの想念が渦巻く場所には、神は降りないのです。


では、神様は何もしてくれないのでしょうか? 

そう、現象的には何も出来ないのです。(西洋では、キリストが天使と聖霊を引き連れて現世に降りますね) 

結局のところは、人間は自力で立ち上がるしかないのですが、しかし、神霊は人間に「元気」や「勇気」「喜び」は与えてくれますね、その荷い手が精霊たちなのです。

神が人間に与えるこれらの力は「愛」と言われています。精霊たちはその神の「愛」を人間に運ぶ手伝いをしています。

野の花が咲く草原に立つと「気持ち良い」「癒される」と感じるでしょう、それは野の精霊が貴方の魂に土地の神の霊力を分けているからなのです。

精霊の力を受け取らなければ、ただ単に綺麗な場所だったな、で通り過ぎてしまいます。このように、精霊は神の愛の力を人間に伝える役割を持っているのです。

神は、人間を取り巻く環境の至る所に精霊を配置していますが、しかし、東北は3.11の津波で沿岸部は流されてしまい、精霊が宿るための自然や場所がなくなりました。

精霊は機械を嫌うので、復興の工事中は戻らないでしょう。(神社の精霊たちは車のエンジンや発電機の音、電気の配線が苦手のようです)それではしばらく被災地には精霊は戻らないのでしょうか?

先にお話しましたが、高橋くんが言うには、全国の精霊たちがボランティアの人間に憑いて被災地に入っているというのです。

ボランティアの人たちが、被災者と交流することで、全国の精霊の力を東北に与えているらしいのです。

そこで、遠野が出てくるのです。 被災地を支援するにはその中心となる拠点が必要ですが、それは自治体の社会福祉協議会が担うのですが、3.11では、市役所や役場も壊滅してしまい、

機能できなかったのですが、隣の地区の遠野は全く被害が無く東北のボランティア活動の拠点となっています。震災から一年ほど経ち、被災者に寄り添うという活動の在り方が求められていますが、

遠野に相応しい役割であると感じました。 遠野は柳田国夫により、精霊の里として世に知らしめられましたが、そして今、震災によりその霊的使命がより一層明確になったのです。

東北の神々は、古くからの日本の国津神です。 妖怪の姿をしている神もあります。 それは、何にも飾らない自然体の精霊の姿です。 

国津神は、太古に生まれた精霊が神界で成長して神の域に達した神霊です。その神霊を起源とする精霊たちと共に生活する日本人は幸せであるはずです。

では、どのようにすると精霊たちと暮らせるのでしょうか?

それは、貴方が精霊たちの魂の里になるということです。




★代受苦者の神理ー被災者はイエスさま 

家の中に、悪い念が入り込むと、ペットや子供など、その家庭の中の弱いものに現れることが多い。

さして理由が無いのに子供が病気がちであったり、動物を飼っても二、三年しか生きなかったり。 私は、外で勤めているとペットの犬や猫が早死にする傾向がありました。

元気な子を飼うのですが、二歳くらいで亡くなります。 私はペットが亡くなるたびに「自分の業を背負ってくれたのだな」と感じました。

というのは、当時の仕事は人間関係が厳しく、職場から悪い念を持って帰ったり、同僚に逆恨みされることがあり、その業想念は、私の体調が悪いときは病気になって現れるのですが、

ほとんどはペットを攻撃したのです。 つまり、ペットのワンコが私の代受苦者だったのです。 しかし、子供の頃は、私が親の代受苦者でした。 

私の実母は、正義感が強く竹を割ったような性格の人です。

定年まで仕事をしていましたが、職場の上司やオーナーに対しても、間違っていることはズバリと物言いをするので、何時も逆恨みされていました。

母が職場でトラブルがあると、相手の生霊が憑いて来ます。 相手の睨んでいる顔が母の肩越しにビジョンできます。そうすると、私のところに来るのです。

母は強い人なので、相手の生霊は跳ね除けてしまうのですが、その相手もそのままでは気がすまないので、子供の私に憑くわけです。 それで次の日は熱を出して寝込むことになります。 

子供心に、その図式がとても嫌で「どうして母の業を引き受けなければならないのか?」といつも母に反発していました。

ある時それを指導霊に尋ねると「それは君が親だからだよ。霊界では君が上だから下の者の面倒をみないとね」 とそっけなく答えました。 

しっかり者の子供が、ダメ親の責任を取らされているのでしょうか? 当時はそう簡単に考えていましたが、その図式は地球全体の視点に立つととても重要な意味を持つのです。

障害を持って生まれている人に対して「前世のカルマだ、前世の悪行の報いだ」と言いますが、それは全く違う。

今までたくさんの方の前世を見ましたが、前世で強欲な地主で、たくさんの人々を苦しめた人が現世で医師になっていたというケースや、前世では高僧で、

日本の政治に影響するまでの働きをした人物が、現世では平凡なサラリーマンのような場合もありました。 前世の行いがそのまま次の人生に現れているわけではないのです。


盲学校に居たときや、障害者施設の職員をやっていたときに分かりましたが、障害を持って生まれてくる人は、魂が繊細なのです。 柔らかな霊体を持っています。

そのために周囲の人間から霊力を取られてしまうのです。私が母に憑いてきた生霊を浄化していたように。

繊細な魂で、柔らかな霊体は、より霊的な存在ですから、精霊たちに近いものです。 実際に、施設で知った重度の知的障害者の女の子は、霊視すると光しかビジョンできませんでした。

その人は成人していますが、自分の名も分かりません。 健常者にはこんな光を持っている人は居ません。 この人のような障害者は、「それでも生きていける」ということです。

つまりその業が無いので持たなくても生きていけるのです。 健常者は生きるために学歴やお金、名誉など現世欲に関わるものが必要ですが、施設に暮らす障害者には必要ないのです。

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